中上健次
── 路地に燃えた命、熊野の魂
生涯・代表作・「路地」の文学
01「路地」という原点 ── 複雑な血と出自
1946年8月2日、中上健次は和歌山県新宮市の被差別部落に生まれた。彼自身は後にこの部落を「路地」と呼び、その言葉を文学の核心に据えた。路地とは、単なる場所の名ではない。血が流れ、怨嗟が渦巻き、濃密な共同体の記憶が染みこんだ「世界」そのものだ。
出生の事情からして尋常ではなかった。実の父は同時に複数の女性を妊娠させるような人物で、母親のちさとは健次を身ごもった状態で離婚を余儀なくされた。母には前夫との間に5人の子どもがおり、その子どもたちと共に女手ひとつで生き抜いてきた。中上にとっての「家族」とは、こうした複雑な血縁の網の目そのものだった。
幼年期を決定的に刻んだのは、1959年に起きた異父兄・木下行平の死だ。12歳年上の行平は、一家が引っ越した後に旧家に一人残され、鶏を飼いながら孤独に暮らしていた。酒に溺れた行平は、斧を持って健次たちの家に怒鳴り込んでくることもあった。そして24歳の時、アルコール中毒の末に縊死した。この凄絶な死は、後に中上の作品に何度も姿を変えて登場する。路地の血と暴力と死は、彼の文学の根幹を成す記憶だった。
中学卒業直前、母が中上七郎という男性と再婚し、健次はようやく「中上」姓を得る。この苗字の読み方は後に「なかうえ」から「なかがみ」に変更されるが、それは1970年に最初の妻との入籍に際してのことである。名前のひとつひとつにも、人生の波が凝縮されていた。
02新宿のフーテン、羽田の貨物 ── 肉体と言葉の修行
高校卒業後、中上は上京する。新宿でのいわゆる「フーテン」生活を送りながら、ジャズ喫茶に入り浸り、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンに開眼した。文学への渇望と、社会の底辺に生きる実感とが、青年の内側で混然と熱を帯びていた。
1967年頃には新左翼運動にも関わり、羽田闘争にも参加した。翌1968年、文芸誌『三田文学』を通じて批評家・柄谷行人と知り合う。これが中上の文学的転換点となる。柄谷からウィリアム・フォークナーやエリック・ホッファーを薦められ、中上は自分の土着性を武器にする方法論を見出した。中上は後に「熊野のフォークナー」を自称した。
1970年に結婚を機に肉体労働を始め、羽田空港で貨物の積み下ろしに従事しながら執筆を続けた。日雇い労働で生計を立て、喫茶店を書斎代わりにし、枡目のない集計用紙にびっしりと文字を埋めていった。
03芥川賞受賞 ── 戦後生まれの第一号
1973年、短篇集『十九歳の地図』が芥川賞の候補となった。都会の片隅に鬱屈する少年が、街の地図に×印を刻んでいく物語。後に尾崎豊がアルバム「十七歳の地図」でオマージュしたことでも知られる。
そして1976年、『岬』で第74回芥川賞を受賞。戦後生まれ初の芥川賞作家という歴史的な記録が生まれた。29歳5ヵ月だった。被差別部落出身者が、日本文学の中枢に躍り出た瞬間だった。
04酒豪にして文壇の鬼 ── 新宿ゴールデン街の伝説
中上健次といえば、その豪快な酒癖もまた伝説だ。西新宿に仕事場を構え、ゴールデン街や新宿二丁目の文壇バーに足繁く通った。酒豪として文壇に名を馳せる一方、酒が入ると暴れることもあったという。そのエピソードはエッセイや私小説に自嘲的に綴られている。
新宿のクラブ「茉莉花」での一幕は語り草だ。芥川賞を受賞したばかりの三田誠広が挨拶に来ると、中上はミネラルウォーターの瓶で殴りつけ、パンチを繰り出して肋骨にヒビを入れた。その理由は「文学として認めない。だから殴るんだ」という破天荒なものだった。
夜の酒場では演歌を歌い、都はるみに心酔し、二冊の本を書いてコンサートをプロデュースするまでになった。ジャズを愛し、ボブ・マーリーにインタビューし、韓国の伝統打楽器集団サムルノリの日本公演エグゼクティブ・プロデューサーを務めた。その旺盛な生命力と好奇心は、酒とともに四方八方に炸裂し続けた。
中上の執筆スタイルも独特だった。枡目のない集計用紙を愛用し、改行も空白もほとんど設けず、独特の書体の文字をびっしりと埋め尽くした。集計用紙一枚が原稿用紙5〜7枚に相当したという。締切を大幅に超えることも珍しくなく、河出書房の会議室の大きなテーブルに寝転がって必死に書き続けたという伝説が社内に残っている。
05代表作を読む
① 『岬』(1976年)── 芥川賞受賞作、熊野サーガの出発点
② 『枯木灘』(1977年)── 熊野サーガの最高傑作
③ 『千年の愉楽』(1982年)── 路地の語り部、神話へ昇華
秋幸三部作とは別に、「路地」に生きる人々の生と死を連作の形で描いた短篇集。語り手は路地の産婆・オリュウノオバで、彼女の語り口が神話的な時間の流れをつくり出す。中上はここで物語の形式そのものを問い直し、「物語ること」の本質へと踏み込んだ。難解さはなく、むしろ芳醇な語りの豊かさが際立つ。中上入門として最適な一冊でもある。
④ 『地の果て 至上の時』(1983年)── 秋幸サーガ完結
三部作の完結編。服役を終えた29歳の秋幸が戻ると、開発によって「路地」はすでに消えていた。バブル前夜の時代、変わり果てた故郷に立ち尽くす秋幸は、もはや前2作の純粋な青年ではない。父の血の呪縛から解き放たれ、自立した人間として歩み始める姿に、中上自身の決別の意志が重なる。「路地」の消滅は、80年代の日本が喪失した何かを象徴していた。
中上健次を初めて手に取るなら、芥川賞受賞作の短篇を含む文庫『岬』か、2023年刊行の岩波文庫『中上健次短編集』がおすすめだ。熊野サーガの全体を味わいたいなら、『千年の愉楽』から入り、気に入ったら『枯木灘』へ進む、というルートが読みやすい。どこから入っても、あの濃密な「路地」の空気に飲み込まれることは確かだ。

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