2026年9月28日、NHK連続テレビ小説第115作「ブラッサム」がスタートします。
モデルとなるのは、明治・大正・昭和・平成を波乱万丈に生き抜いた作家・宇野千代(うの・ちよ)。本記事では、まず注目のキャストを紹介し、続いて宇野千代という人物の生涯、そして今回のドラマをきっかけにぜひ手に取ってほしい代表作5作をご紹介します。
「ブラッサム」ってどんな朝ドラ?
タイトルの「ブラッサム(blossom)」には「花が咲き誇れ」という思いが込められています。主人公が自分自身を励まし、奮い立たせる言葉としてタイトルに採用されました。
物語はオリジナルのフィクションで、宇野千代をモデルとした主人公「葉野珠(はの・たま)」の生涯が、山口・岩国での少女時代から東京での作家修業時代、そして晩年まで描かれます。
脚本は櫻井剛さんと小松與志子さん、音楽はfox capture plan、主題歌はYOASOBI(原作小説は綿矢りささんの書き下ろし)が担当します。
注目キャスト紹介
主演の葉野珠を演じるのは石橋静河さん。山口・岩国の造り酒屋「葉野酒造」の長女として生まれ、読書好きな少女から作家を志すまでの半生を演じます。幼少期は村上蘭さんが演じ、晩年の珠役は加賀まりこさんが務めます。
珠の父・葉野清治役には渡部篤郎さん。家族に厳しく、実家の酒蔵を継がずに暮らす複雑な人物です。継母・リョウ役には国仲涼子さんが起用され、実母を亡くした珠を献身的に支える役どころとなります。珠の晩年を支える秘書役には松たか子さんが決定しており、公私にわたって珠を支える重要な人物として描かれます。
珠の幼なじみで近所の「岩田屋」の看板娘・岩田梅役は松本穂香さん、その両親役に八嶋智人さんと楠見薫さんが配されています。女学校時代のクラスメートには木竜麻生さん、華優希さん、中井千聖さんが名を連ね、青春時代を彩ります。
物語が東京に移ると、新進気鋭の小説家・西尾一路役に染谷将太さん、文芸雑誌「首都公論」の編集長・黒崎大三郎役に遠藤憲一さん、副編集長・山中勇三役に井浦新さんが登場。
珠が東京で働くことになる西洋レストラン「悠樂軒」の店長役にはトレンディエンジェルの斎藤司さん、女給役にはヨネダ2000の愛さんと誠さんが起用されるなど、幅広い人選が話題を呼んでいます。ほかにも三浦誠己さん、山田真歩さん、金子大地さん、日向亘さん、伊東蒼さん、藤原大祐さん、赤堀雅秋さん、杉田かおるさんら実力派が脇を固めます。
宇野千代の生涯とは?
生い立ちと波乱の少女時代
宇野千代は1897年(明治30年)11月28日、山口県玖珂郡横山村(現・岩国市)の造り酒屋「宇野酒造」に生まれました。
1歳半で実母を亡くし、翌年、父はわずか12歳しか年の離れていない女性・佐伯リュウと再婚します。千代はこのリュウを実母のように慕って育ちましたが、この継母との関係は、のちの代表作『おはん』のモデルになったとも言われています。
父自身は生涯定職に就かない放蕩者で、家計は本家からの仕送り頼みという厳しい環境でした。
14歳のとき、生母の姉の息子(いとこ)と結婚するも、わずか10日で実家に戻るという早すぎる挫折を経験します。岩国高等女学校を卒業後は小学校の代用教員となりますが、同僚教師との恋愛が問題となり免職に。22歳で再び、生母の姉の別の息子と結婚しました。
作家デビューから恋多き人生へ
24歳のとき、応募した短編小説「脂粉の顔」が『時事新報』の懸賞小説で一等に選ばれ、作家としてデビューします。その翌年、作家の尾崎士郎と出会って上京・同棲を開始。1924年に最初の夫と正式に離婚し、筆名を「宇野千代」に改めます。
1926年には尾崎士郎と正式に結婚しましたが、1928年には小説家・梶井基次郎との関係が噂になるなど、私生活は常に世間の注目を集めました。
1930年、33歳のときに尾崎と正式に離婚し、洋画家の東郷青児と知り合って同棲を始めます。この東郷青児との関係は、後の代表作『色ざんげ』のモデルとなりました。
しかし1934年ごろに東郷とも別れ、その後1939年(42歳)、10歳年下の作家・評論家である北原武夫と4度目の結婚をします。この結婚は25年間続きましたが、1964年に離婚。この経験は自伝『生きて行く私』で赤裸々に描かれることになります。
作家業だけでなく実業家・デザイナーとしても活躍
宇野千代の功績は小説家としてだけにとどまりません。1936年にはスタイル社を創業し、翌年には日本初のファッション専門誌『スタイル』を創刊。1949年には「宇野千代きもの研究所」を設立し、着物デザイナーとしても第一線で活躍しました。1974年には勲三等瑞宝章を受章しています。
戦時中は『中央公論』に『人形師天狗屋久吉』を発表、戦後は代表作『おはん』の連載を開始し、1957年に野間文芸賞、1958年に女流文学者賞を受賞しました。1982年には長年の功績に対して菊池寛賞が贈られています。
晩年とその死
晩年まで執筆意欲は衰えることなく、机に向かわない日はなかったと言われています。1995年、98歳を目前にした年に最後のエッセイ集『私何だか死なないような気がするんですよ』を刊行。
その翌年、1996年6月10日、急性肺炎のため東京の病院で98年の生涯を閉じました。「泥棒と人殺しのほかは何でもした」という自身の言葉が示す通り、常識にとらわれず自由に生きた作家として、今なお多くのファンに愛され続けています。
宇野千代の代表作5選
①『色ざんげ』(1935年)

同棲相手だった洋画家・東郷青児をモデルに描いた恋愛小説です。ヨーロッパ帰りの新進画家のもとに若い女性から熱烈な手紙が届くところから物語が始まり、彼を翻弄する女性と、その友人である美少女との三角関係が展開します。
実在の人物をモデルにした大胆な内容が世間の話題をさらい、大ベストセラーとなりました。昭和初期の最先端の恋愛模様を活写した、宇野文学を代表する一作です。
②『おはん』(1957年)

宇野千代の最高傑作とも評される作品です。妻・おはんと愛人・おかよという二人の女性の間で揺れ動く優柔不断な男の独白という形式で語られ、美しい上方言葉の告白体で綴られています。
頽廃的な恋愛心理を幻想的な筆致で描き切ったこの作品で、野間文芸賞と女流文学者賞を受賞しました。継母・佐伯リュウの面影が投影されているとも言われ、宇野千代の実人生と創作が交差する象徴的な一作です。
③『生きて行く私』(1982~83年)

北原武夫との離婚という自身の経験をもとに書かれた自伝的作品です。母の死、継母との関係、いとこ同士の結婚、尾崎士郎・東郷青児・北原武夫という3人の男性との出会いと別れ、スタイル社の隆盛と倒産まで、自らの人生を一切飾ることなく正直に綴っています。
波乱万丈な人生を歩みながらも、常に前向きであり続けた宇野千代という人物の「生き方」そのものが凝縮された一冊で、今回の朝ドラを楽しむうえでも欠かせない参考文献といえるでしょう。
④『人形師天狗屋久吉』(1942年)
戦時中に『中央公論』で発表された作品で、文楽人形の名工・天狗屋久吉をモデルにした小説です。恋愛小説のイメージが強い宇野千代ですが、職人の生き様や芸への執念を丁寧に描いたこの作品は、彼女の筆力の幅広さを示す一作として評価されています。
恋愛だけでなく、ものづくりに生きる人間の矜持を描いた点で、他の代表作とは一味違った魅力を持っています。
⑤『宇野千代 女の一生』(とんぼの本シリーズ)

こちらは宇野千代自身が書いた小説ではなく、彼女の人生を写真とともにたどった評伝的なムック本(新潮社「とんぼの本」シリーズ)です。
結婚3回、引っ越し20回という波乱の人生を、恋愛・暮らし・食卓・ファッション・交友関係といった切り口からビジュアルで紹介しており、「泥棒と人殺しのほかは何でもした」という彼女自身の言葉も収録されています。小説作品と合わせて読むことで、宇野千代という人物の実像により深く迫ることができる一冊です。
おわりに
尾崎士郎、東郷青児、北原武夫という3人の男性との結婚・離婚を経験しながらも、常に「書くこと」を手放さなかった宇野千代。98年の生涯を自らの意志で切り拓いたその生き方は、令和の時代に生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれます。少し古い作家ではありますが、朝ドラ「ブラッサム」の放送開始を機に、ぜひ一度その作品世界に触れてみてはいかがでしょうか。

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